サッカーのある生活...

育成年代のサッカーに関わる指導者の奮闘記

【文章を書くことで鍛えられること】

おはようございます。

blogのデザインをいじっていたら、面白くなってきました。昔よりもカスタマイズが簡単になったのでやっていると凝ってしまいます。

実は大学時代、(今から20年以上前か...)自分で大学サッカー部のホームページを作っていました。まだまだ自分の意見や主張をネット上に書くことが当たり前ではなかった時代です。当時、バリバリの現役選手だった中田英寿さんがいち早くblogの記事をアップしていましたね。

これからは個人の情報が価値になっていく時代になるのかなぁ...そんな風にぼんやりとイメージしていたように記憶しています。趣味程度ですが、自分も〝発信〟をするようになったのは大学生の頃からなんです。

長く書いていると、〝発信〟していくことの難しさと可能性をいろいろと経験してきました。その中で一番、頭に入れておかなければならないことは。

『自分の文章の裏側には多くの人がいるということ』

それを頭に入れて文章を書くようにしていました。どんな言葉を使って、どんな表現で、どんな内容で話を進めていくのか...これをイメージするのがとても大事なんです。

よく考えてみると当たり前なんですけどね。

こういった思考は大学院で修士論文を書き上げるときにとても役に立ちましたね。もちろん多くの論文も読みましたが、文章を書くことで文章を読み取る力も付いてきたようにも思います。

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指導者として、人として

指導者となってもこういった思考は大いに役に立っています。指導においては、目の前にいる選手に理解してもらうためには?そういった視点が必要なのは間違いありません。

対面でのやり取りには、〝伝えなければならないこと〟〝伝えたいこと〟を文章以上に効率良く伝える必要な情報が沢山隠れています。

時間(タイミング、前後の様子)、表情や雰囲気、所作や仕草など。必要な言葉をイメージするのに判断する情報がリアルタイムで確認出来るんです。これは非常に大きなことです。

文章は読む時間も違えば、その時々の感情も違います。斜に構えて読むこともあるでしょうし...文章だけで何かを伝える良さもありますが、やはり難しさもあります。正しいことを言っているんだけど、いまいち響かないんだよな...という人はそこをキャッチする力が欠けているのかもしれません。

指導力の向上やコミュニケーション能力は、文章を書くことで鍛えられる側面があると思っています。

もっと広い世界へ

自分はコロナ禍となって英会話を始めました。

こういった感覚でもっと世界中の人とコミュニケーションが取れるようになったら更に世界が拡がるなぁと思うのです。

 

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